教育について語るとき、「お金」の話は少ししづらい。
子どものため。
学びのため。
未来のため。
そこに売上や家賃、人件費といった言葉が入ると、急に現実的すぎるように感じる。
でも、学校を続けるには、お金がいる。
先生がいる。
建物がある。
食事がある。
電気を使う。
人が働く。
どれほど良い教育をつくっても、その場所がなくなれば、子どもたちは通えない。
教育を続けるためには、教育の外側にある「経営」から目をそらせない。
これは、アメージングカレッジが身をもって向き合ってきた課題でもある。
教育と運営を、別々のチームにした
アメージングカレッジを始めた当初、町山辰也氏には、この規模のプロジェクトを運営した経験がなかった。
そこで、教育を担うチームと、運営を担うチームをつくった。
教育には、教育の専門家がいる。
経営には、経営の専門家がいる。
合理的な形に見える。
町山氏自身も、遊びの中から学びをつくり、子どもたち自身が学校をつくっていく教育に期待していた。
一方、運営にはビジネスの経験を持つ人たちが入った。
しかし、時間が経つにつれて、教育の現場とお金の使われ方の間に距離が生まれていった。
町山氏の中にも、
「全然教育に使われてないじゃん」
という疑問が生まれたという。
教育と経営。
どちらも必要だった。
でも、二つが別々の方向を向けば、学校は続かない。
理念だけでも、お金だけでも足りない
教育の世界では、強い問題意識から新しい学校や居場所をつくる人がいる。
既存の教育では救えない子どもがいる。
だから、新しい場所をつくる。
その思いが出発点になる。
一方で、町山氏は、オルタナティブスクールやフリースクールを継続していく難しさについても語っている。
子どもの人数が増えれば、必要な大人も増える。
一人ひとりに向き合おうとすれば、効率だけでは考えられない。
教育の質を上げるほど、コストがかかることもある。
だから、
「良い教育をしていれば、いつか続く」
だけでは難しい。
反対に、
「儲かればいい」
でも教育ではなくなる。
必要なのは、教育と経営のどちらかを選ぶことではなく、両方が成立する形をつくることだ。
建物そのものを、働かせる
アメージングカレッジでは、学校以外の形でも施設を活用している。
保育園が入る。
スペースを外部へ貸す。
特徴的な建物を生かし、ミュージックビデオや映画の撮影場所として使ってもらう。
そこから収入が生まれる。
そして興味深いのは、それが単なる「学校外の収益事業」で終わらないことだ。
撮影が入れば、子どもたちは仕事の現場を見る。
大人が何かをつくる姿に出会う。
つまり、経営のために始めたことが、教育にもつながっていく。
教育と経営を分けるのではなく、重なる場所を探していく。
そこに、アメージングカレッジの現在地がある。
続くことにも、価値がある
社会課題に向き合う活動では、始める人に注目が集まりやすい。
新しい学校をつくる。
新しい制度を始める。
新しいプロジェクトを立ち上げる。
でも、本当に難しいのは、そのあとかもしれない。
2年目。
3年目。
4年目。
人を雇い続ける。
場所を守る。
改善する。
うまくいかなければ変える。
「続ける仕組み」をつくることもまた、誰かを支えることの一部だ。
これは学校だけの話ではない。
地域活動も。
福祉も。
環境活動も。
社会のために必要なことほど、「善意」だけに頼れば続かなくなることがある。
理想を、なくさないために
お金の話をすると、理念から離れたように感じることがある。
でも、本当は逆なのかもしれない。
守りたい理念があるからこそ、続ける方法を考える。
子どもたちが明日もここへ来られるように。
働く大人が生活できるように。
建物を維持できるように。
教育の質を守れるように。
経営は、教育の敵ではない。
大切なものを、明日にも残すための仕組みでもある。
「どんな教育をしたいか」と同じくらい、
「どうすれば、その教育を続けられるか」。
アメージングカレッジが向き合っているのは、理想を掲げることの、その先にある問いだ。
