「これとこれは、全然違う。」
テーブルの上には、5種類のコーヒー豆が並んでいる。
普段なら、どれもひとことで「コーヒー」と呼んでしまうものだ。
けれど、ひとつずつ香りを確かめ、口に含み、隣のカップと比べてみる。
すると、さっきまでは同じに見えていたものの中に、少しずつ違いが見えてくる。
香りが違う。苦味が違う。酸味も、口に残る感じも違う。
「コーヒー」の中に、こんなにたくさんの世界があった。
2026年9月30日、Amazing Collegeで初めての「Amazing Coffee」が開かれた。
この日、子どもたちが出会ったのは、コーヒーの淹れ方だけではない。
何かをじっくり見て、比べて、違いに気づいてみる。
そこから世界が広がっていく、そんな時間だった。
5種類の豆を、比べてみる
先生は、「ひでさん」こと田中英樹さん。
ドトールコーヒーで長年、焙煎責任者(ヘッドロースター)を務めてきた、コーヒーのプロフェッショナルだ。
この日のテーマは「カッピング」。
複数のコーヒーを飲み比べ、それぞれの香りや味わいの特徴を確かめる、プロの世界でも使われている方法だ。
まず、ひでさんから5種類の豆について簡単な説明を受ける。
そのあとは、子どもたち自身が手を動かしていく。
50グラムずつ用意された豆を10グラムずつカップに分け、グラインダーへ。
ガリガリと音を立てながら豆が粉になっていくと、部屋の中にコーヒーの香りが広がり始める。
5種類をそれぞれ挽いてカップに入れ、お湯を注ぐ。熱湯を使うため、ここはひでさんの出番だ。
少し待ち、表面の上澄みを取り除く。
さらに温度が下がるのを待ったら、いよいよスプーンを使ってテイスティングする。
一杯だけなら、「おいしい」「苦い」で終わってしまったかもしれない。
けれど、隣に別の一杯があると違う。
「こっちのほうが香りが強い」
「これは酸っぱい」
違いが見える。
すると、その次に「なぜ違うんだろう」が生まれる。
比べることは、優劣を決めるためだけにあるのではない。
違いを見つけることで、それまで見えていなかったものに気づくための方法でもあるのだ。
Amazing Coffeeは、そんな発見から始まった。
一杯のコーヒーの向こうに、イタリアの街がある
カッピングの合間には、ひでさんの話が始まる。
たとえば、イタリアのバルでのエスプレッソの話。
日本人が砂糖を入れずにエスプレッソを飲んでいると、イタリア人には少し不思議に映ることがあるという。
エスプレッソは、砂糖を入れて完成する。
飲み終わったあとに残る甘さまで、デザートのように楽しむ。
さらに、エスプレッソを飲むなら「座らない」。
バルのカウンターに立って飲めば1ユーロほどでも、席に座れば3ユーロほどになることもある。
「座るんだ?」
そんな感覚なのだそうだ。
ついさっきまで5種類の豆を比べていたはずなのに、話を聞いているうちに、子どもたちの世界は遠いイタリアの街角までつながっていく。
同じ一杯のコーヒーでも、飲み方が違う。
値段も違う。
そこに流れている時間も、習慣も違う。
コーヒーを知ることは、味を知ることだけではない。
その向こう側で暮らす人たちの文化を知ることでもある。
「毎日5リットル」の先にあるもの
もう一つ、子どもたちを驚かせた話があった。
ひでさんがヘッドロースターとして働いていた頃、仕事で一日に5リットルほどのコーヒーを口にすることもあったという。
毎日、豆を見る。
香りを嗅ぐ。
焙煎する。
味を確かめる。
それを何度も、何年も繰り返す。
そうして感覚が研ぎ澄まされていくと、当時は喫茶店でコーヒーを飲むだけで、
「どんなブレンドなのか」
「どこのロースターで焙煎されたのか」
まで、わかるようになっていたという。
何かを長く見続けることで、人の目や舌はそこまで変わる。
それは、教科書を読んだだけでは伝わりにくいことかもしれない。
長い時間、一つの仕事に向き合ってきた人の中に蓄積されているものがある。
知識だけではない。
手の感覚や、見る目や、言葉になりきらない経験まで含めたものだ。
そんな話を聞いたあとにもう一度5つのカップを見ると、さっきまでと同じコーヒーが、少し違って見えてくる。
「次は何をやる?」から、学びは続いていく
この日のカッピングで、Amazing Coffeeが完成したわけではない。
むしろ、ここからだ。
「次は、自分でドリップしてみようか」
「ラテアートもできるよ」
ひでさんがそう話すと、子どもたちの反応が変わる。
豆を比べる。
自分で挽く。
次は、自分で淹れてみる。
ミルクを使ってカフェラテやカプチーノをつくる。
ラテアートに挑戦する。
その先には、自分で豆を選び、ブレンドを考えることだってできるかもしれない。
「今月は〇〇くんブレンド」
そんな一杯が生まれてもいい。
最初から、大人が「ここまで学びましょう」とゴールを決めるのではない。
一つの体験から生まれた、
「面白い」
「もう少しやってみたい」
という気持ちを、次の体験につないでいく。
学びは、必ずしも誰かに与えられた問いから始まるものではないのかもしれない。
自分の中に生まれた「なんで?」や「もっと」が、次の扉を開いていくこともある。
学校投資家が持ってきたもの
今回講師を務めたひでさんは、Amazing Collegeの「学校投資家」の一人でもある。
「投資」と聞けば、まずお金を思い浮かべる人が多いだろう。
けれど、この日、ひでさんが学校に持ってきたのはお金だけではなかった。
長年の仕事で身につけた知識。
技術。
経験。
研ぎ澄まされてきた感覚。
世界各地のコーヒー文化に触れてきたからこそ語れる物語。
ひでさんにとっては、長年の仕事の中で当たり前になっていることも、初めて出会う子どもたちにとっては、知らなかった世界への入り口になる。
社会には、それぞれの場所で何年、何十年と仕事を続けてきた大人がいる。
料理をしてきた人。
ものをつくってきた人。
会社を経営してきた人。
農業をしてきた人。
海外で働いてきた人。
一人ひとりの中に、まだ子どもたちに渡されていない経験がある。
お金だけではなく、知恵や経験やつながりを次の世代へ分けていく。
それもまた、OSUSOが考える「おすそわけ」の一つの形なのだろう。
コーヒーから、どこまで行けるだろう
Amazing Coffeeは、まだ始まったばかりだ。
カッピングから、ドリップへ。
ドリップから、ラテアートへ。
自分たちで豆を選び、ブレンドを考えるようになったら、そのコーヒーを誰かに飲んでもらう日が来るかもしれない。
もし、いつか子どもたちが地域に小さなカフェを開いたら。
豆を選ぶ。
コーヒーを淹れる。
メニューを考える。
値段を決める。
誰かを迎え、「おいしい」と言ってもらう。
そこには、農業がある。
生産があり、流通があり、文化があり、デザインがあり、接客があり、商売がある。
そして、その先には地域や社会がある。
けれど、今からそこまで決めてしまう必要はない。
この日、大切だったのは、未来のゴールではなかった。
5つのカップを前にして、
「違う」
と気づいたこと。
その違いを、
「面白い」
と思ったこと。
そして、
「もっとやってみたい」
という気持ちが生まれたこと。
私たちは、大人になるにつれて、物事を名前でまとめることに慣れていく。
コーヒーはコーヒー。
仕事は仕事。
学校は学校。
知らないものにも名前をつけ、わかったつもりになってしまうことがある。
けれど、少し近づいて、比べて、よく見てみると、その中には思っていたよりずっと多くの違いがある。
違いに気づけば、問いが生まれる。
問いが生まれれば、世界はもう少し広くなる。
5種類のコーヒー豆から始まったこの日の時間は、もしかすると、そんなことを子どもたちに手渡していたのかもしれない。
世界は最初から広いのではない。
「もっと知りたい」と思ったその瞬間に、少しずつ広がっていくものなのである。
