「引退したら、何をする?」
アスリートにとって、この問いは簡単ではない。
幼い頃から一つの競技に打ち込み、練習し、試合に出て、また練習する。競技を極めようとするほど、生活の中心はその世界になっていく。
では、その外側にどんな仕事があり、どんな会社があり、どんな生き方をしている人がいるのか。
知らないまま、未来を選ぶことはできるのだろうか。
アスリートのセカンドキャリア支援に取り組むアスレチカ代表・宮越祐介氏は、その課題を「仕事がない」という問題だけでは捉えていない。
宮越氏が大切にしているのは、アスリートが**「社会を知ること」**だ。
「村社会」の外へ
宮越氏は、アスリートが置かれている環境を「村社会」のようだと表現する。
一つの競技に打ち込む。同じ競技の選手と過ごす。指導者や競技関係者と関わる。
その環境だからこそ、競技者として高いレベルを目指せる。
一方で、社会との接点は限られていく。
会社はどう動いているのか。経営者は何を考えているのか。どんな仕事が世の中にあるのか。自分が競技で身につけてきたものは、どこで生かせるのか。
知らなければ、選択肢そのものが見えてこない。
だからアスレチカの6か月間のプログラムでは、自己理解や社会理解、ビジネスの基礎を学ぶ。
まず、自分を知る。そして、社会を知る。その二つをつなぐ。
参加したアスリートたちは、起業、キャリアチェンジ、競技への復帰など、それぞれ異なる道へ進んでいる。
全員に同じ答えを渡すのではない。
自分の人生のハンドルを、自分で握れる状態をつくる。
宮越氏が目指しているのは、そこだ。
人と出会うと、未来が増える
三重県伊勢志摩市で活動するブラジリアン柔術のアスリートは、プログラムへの参加をきっかけに地域との接点を広げていった。
加工品の販売に関わる。ECサイトをつくる。地域の人とつながる。
やがて、自らビジネスを生み出すまでに活動が広がっていった。
誰かに「この仕事をしなさい」と言われたわけではない。
社会と接点を持ったことで、自分の力を使える場所が見つかった。
宮越氏は、経営者とのつながりから雇用につながった人、一緒にビジネスを立ち上げた人、フランチャイズに加盟した選手もいると話す。
そして、その価値をこう表現する。
「社会を知って、選択肢の可能性が広がることじゃないですか?」
選択肢は、「今」も変える
社会を知ることは、引退後のためだけではない。
宮越氏によれば、キャリア形成やビジネスを学んだことで、競技の成績が上がる選手もいる。
考える力が身につく。練習を組み立てる。戦略や戦術を細かく考える。チームづくりやリーダーシップを競技の中で実践する。
競技の外で学んだことが、競技の中へ戻っていく。
「競技以外を見ること」は、競技から離れることではなかった。
世界を広げたことで、今いる場所の見え方まで変わっていく。
100人の経営者とつくる選択肢
宮越氏が次に目指しているのは、100名の経営者とのつながりだ。
経営者一人ひとりが持つ仕事、経験、知識、人脈。それらがアスリートとつながれば、社会との入口はさらに増える。
宮越氏はこう話している。
「数はエネルギーの源泉なので、数はエネルギーに変わっていく」
100人いれば、100通りの社会との接点が生まれる。
そこから雇用が生まれることもある。事業が始まることもある。競技を続けるという決断につながることもある。
アスレチカが増やそうとしているのは、決められた「次のキャリア」ではない。
自分で人生を選ぶために必要な、社会との接点だ。
知らない未来は、選べない。
だから彼らは、アスリートがまだ知らない世界への扉を、一つずつ増やしている。
