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インタビュー

「ぼくたちは、知らない未来は選べない。」
——子どもたちに「選べる未来」を。黒川洋司の挑戦

2026.09.30/OSUSO JOURNAL 編集部
取材に答える黒川洋司さん
13年以上にわたり、少年院や刑務所を出た若者の自立を支援してきた黒川洋司さん

「野球をやったことがなければ、野球の才能があることにも気づけない」

この言葉を聞いて、考えた。

私たちは、自分の人生を、本当に自由に選んでいるのだろうか。

野球を知らなければ、野球選手には憧れない。
楽器に触れたことがなければ、自分が音楽を好きなことにも気づけない。
知らない仕事を、将来の夢にはできない。

人生は、自分で選ぶものだ。
でも、その「選択肢」そのものが、出会ってきた世界によって決まっているとしたら——。
生まれた家庭環境によって、限定されているとしたら——。

ぼくたちは、知らない未来は選べない。

黒川洋司氏が向き合っているのは、そんな「人生の機会格差」だ。

13年の支援で、見えてきたもの

黒川氏は13年以上にわたり、少年院や刑務所を出た若者たちの自立を支援してきた。

寝泊まりできる場所を用意する。
美容室や居酒屋など、働く場所をつくる。
社会との接点をつくる。

活動の原点には、黒川氏自身の人生がある。

23年前に美容室経営を始め、店舗を拡大。当時は「お金儲け主義だった」と振り返る。若い頃には、社会の裏側に身を置いた時期もあったという。

転機となったのが、約20年前の母親の急逝だった。

シングルマザーとして自分を育ててくれた母に、十分な親孝行ができなかった。その喪失から生き方を見直し、児童養護施設へのボランティアカットを始める。活動はやがて、少年院や刑務所を出た若者たちの自立支援へと広がっていった。

しかし、支援を続けるほど、黒川氏の中に一つの問いが生まれた。

「この支援を、ずっと続けるだけでいいのだろうか」

目の前の一人を支えても、また次の一人がやってくる。

もちろん、今困っている人への支援は必要だ。でも、なぜそこに至ったのか。その手前にあるものを変えなければ、同じことは繰り返される。

黒川氏の視線は、「更生」から、そのさらに前へと向かっていった。

問題は、そのもっと手前にあった

そこで見えてきたのが、「愛着」と「体験」である。

黒川氏は、幼少期に、「自分はここにいていい」と思える環境が重要だという。

安心して眠れる。
自分を受け止めてくれる人がいる。
失敗しても見捨てられない。

黒川氏は、それを「土」にたとえる。

どれほど良い種を蒔いても、土が固ければ根を張ることは難しい。まず、安心できる土をつくる。その上に、教育やスポーツ、文化、旅、人との出会いといった「体験」が積み重なっていく。

子どもたちと食卓を囲む様子
一緒にご飯を食べる。その「普通」を経験しないまま大人になる子どもたちがいる

しかし、黒川氏が出会ってきた若者のなかには、家族で食卓を囲んだ経験がほとんどない人も多いという。

新幹線や飛行機に乗ったことがない。
家族旅行をしたことがない。
美しい景色を見た記憶がほとんどない。

ここでいう「体験」は、単なる思い出ではない。

体験とは、自分の世界を広げることだ。

「こんな仕事がある」
「こんな生き方をしている大人がいる」
「こんな場所がある」
「自分にもできるかもしれない」

一つの体験が、一つの選択肢になる。だから、体験の差は、夢を描ける範囲の差でもある。

才能より先に、「出会い」がある

私たちは、子どもたちを見て、「あの子には才能がある」「この子は努力が足りない」と語ることがある。

でも、そのもっと手前にあるのは「出会えたか、出会えなかったか」。

野球を一度もしたことのない子どもは、自分に野球の才能があることを知らない。
楽器に触れたことのない子どもは、自分が音楽を好きなのかどうかさえ分からない。
海を見たことのない子どもが、海洋研究者という未来を思い描くことは難しい。

才能があるか、ないか。その前に、自らの可能性に出会う機会があったか。

黒川氏がなくしたい「人生の機会格差」とは、ここにある。

すべての子どもに、同じ人生を与える必要はない。同じ夢を持たせる必要もない。大切なのは、自分の可能性に出会える機会を増やすこと。そして、自分の人生を、自分で選べることだ。

あなたの「普通」が、誰かの未来になる

では、その機会を、誰がつくるのか。

今、この取り組みに企業経営者を巻き込もうとする動きが生まれている。それは単に、「寄付をしてください」という話ではない。

子どもたちと一緒に食事をする。
仕事について話す。
会社を見せる。
旅や文化、スポーツを一緒に体験する。

お金だけではない。人脈も、仕事も、知識も、時間も、経験も。

自分にとっては当たり前のものが、誰かにとっては、「そんな世界もあるんだ」と知るきっかけになる。

社会課題と聞くと、「自分には何もできない」と思ってしまう。でも、自分の「普通」を少しだけ誰かに渡すことなら、できるかもしれない。

OSUSOという名前には、そんな発想がある。余ったものを渡すのではない。自分が持っているものの一部を、次の誰かへ「おすそわけ」する。

その出会いによって、一人の子どもの世界が少し広がる。そしていつか、その子が誰かに何かを渡す側になる。

「結笑和」の看板の前で笑う黒川洋司さん
黒川氏はそれを「負の連鎖を止め、愛の循環をつくる」と表現する

子どもたちに「選べる未来」を

社会を変える。そう言うと、とても大きなことに聞こえる。でも、その始まりは案外、小さい。

一緒にご飯を食べる。
知らない場所へ連れていく。
仕事を見せる。
「こんな生き方もあるよ」と伝える。

人生を決めるのは、その子ども自身である。

では大人の役割は。それは「その子が選べる未来を増やすこと」。

才能の差をなくすことはできない。育つ環境を、すべて同じにすることもできない。でも、知らなかった世界に出会う機会はつくれる。

「選ばなかった」と、
「知らなかった」は違う。

ぼくたちは、知らない未来は選べない。
でも、誰かが見せてくれた未来なら、自分の人生の選択肢にできる。

一つの出会いが、一つの選択肢になる。一つの選択肢が、その人の未来を変えるかもしれない。

だから、子どもたちに「選べる未来」を。黒川洋司氏とOSUSOの挑戦は、そこから始まっている。

中野 治
この記事の監修
中野 治 なかの おさむ
株式会社USTUS 執行役員/プロデューサー

不動産・まちづくりを軸に、社会課題、教育、アート、自然など、領域を横断したプロジェクトの企画・事業開発に携わる。不動産事業を手がける一方、社会起業家と企業・経営者をつなぐOSUSO、都市と自然の新しい関係を探るGive Space Urban Designなどの活動に参画。現場に足を運び、当事者との対話から社会課題の背景や構造を捉えることを大切にしている。OSUSO JOURNALでは、社会課題に挑む人々の思想と実践、その先にある社会の可能性を伝えていく。

この挑戦を、かたちにしています

自分が持っているものの一部を、次の誰かへ「おすそわけ」する。黒川洋司さんとOSUSOが立ち上げようとしている仕組みを。

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